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じじょかい(仮)次回開催2/23&活動報告 1/26

2/23  (第4土曜日) 13:30~15:30
広島市南区比治山本町16-35 産業会館西館7F WJ広島南

・参加者が安心して参加できるようなルールを設けさせていただきます。

連絡・お問い合わせなどは

むいむい mui64564●yahoo.co.jp まで。※●を@に変更してください。
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広島市内の発達障害者による
自助会(当事者会)です。

だれでも参加できます。
予約不要、遅刻と途中退場OK、
匿名可、自由発言のゆる~いサロンを
イメージしています。
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活動報告。
01/26 (第4土曜日)のじじょかい(仮)、ご参加ありがとうございました。
当会としてはやや多い方がいらっしゃいましたが、現時点ではすごく大規模なものにする予定がありません。

市内近郊では他にも当事者会があります。そちらなどにも参加されて自分にあった場所を見つけていただくことを
おすすめいたします。

広島市近郊の当事者会

ぽっぽカフェ
ぽぽやんさんが主催されている当事者会。テーマは「居場所」だと思います。

アバロンシティ
不定期に活動しているイベント参加型のゆる~い感じの発達障害当事者会。

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備忘録:「車椅子のヒーローも出して」

 『龍騎』放送当時、視聴者から「十三人もヒーローが出るなら、車椅子のヒーローも出して」という要望が寄せられたという。そうした設定も一旦は検討されたものの、最終的に白倉伸一郎は取り止めている。それは、どう工夫を凝らしたとしても、必ず「誰かの足を踏む」ことは避けられないからだという。

 たとえば、ドラマに<車椅子の少女>という人物を登場させるとしよう。
 彼女が悪い子なら「車椅子の人間を悪く描いている」と傷つく人がいる。どうでもいい存在なら「登場人物を無意味に車椅子に乗せている」と傷つく人がいる。だれかの足を踏んでしまうのである。だから彼女はいい子でなければならず、かつ、重要な役回りでなければならない。
 物語のなかで、彼女の足が治ってはいけない。足が治らない人に、治らなければならないというプレッシャーを与えるからだ。逆に治らなくてもいけない。治りたがっている人に絶望を与えるからである。
 したがって、彼女が車椅子に乗って劇中にあらわれた瞬間に、彼女のキャラクターと、ドラマのストーリーが自動的に決定する。
 「いい子」が「足の状態と関係なく、明るく生きていく姿を、重要性をもって描く物語」以外に選択肢がないのだ。
 (中略)
 とどのつまり<車椅子の少女>をドラマに登場させることは、実話にもとづいているといったような、よほどの理由がないかぎり許されないことになる。
(白倉伸一郎『ヒーローと正義』より)

http://sebaooo-tatoba-combo.hatenablog.jp/entry/20161002/1475419554
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